ドラムおじさん奮戦記に戻る

- かけだしの頃の仕事(大学1年生のとき)について思うこと





こんにちは。管理人サトカズがはじめてドラムで仕事をしたときのことを書きますね。
今から30年前です。最初の仕事(ゴトシ)は新宿小田急の上のビアガーデンでした。

ここで歌モノ(カラオケなんて本格的にない時代に)歌の伴奏をしたり、自分たちも歌って
というコーラスバンド(いわゆるラスコー)でした。

ここでは最初はお金がなかったのでパールのチャレンジャーを持ち込み、そうは言っても
シンバルとスネアだけは良いものが必要で、とりあえず前借りして(アドバンスの意味でバンスという)
LudwigのLM400とAジルの22トップとニュービート、Paisteの18クラッシュを買いました。

メンバーは赤本(歌伴の本)でコードを真剣に見ながらやっていましたが、ドラムはリズムをはずさない限り
(エイト、16、三連、演歌(ブンチャチャという)、ルンバ、マンボ、サンバ)などをマスターすれば
結構気楽(といったら怒られるかな(笑)でこれはチョロイと思ったものでした。

これからディスコへと突き進んでいくのですが、今思えばサザンやカシオペアと同年代なので
変にハコ(毎月毎日決まったステージをこなすこと)に入るより苦労して下積みを経たほうが
別の音楽人生が待っていたかもしれません。(しまった〜)

一応大学生だったのでボーヤになるわけにもいかず、夜だけの仕事でしたのでまあいいかと
思いながら叩いていました。ただ横浜の関内の半通し(夜7時から朝3時まで)の仕事のときは
始発まで酒を飲んで帰って寝てまた仕事という繰り返しで、学校はまったく行けませんでした(苦笑)




さて何が面白いかというとお客様も人間ですのでだんだん酒が入ってくると人格が崩れだし(笑)
毎回毎回とんでもない事態になったことでした。ディスコでも最後の方はチークでキスなどは
可愛い方で客席から見えないようにオッパイやお尻を触っているのですがステージ側からは
丸見えで(当時純粋だった青年には)目に毒でした。

お客様の少ない大きいサパークラブでは向こうの客席の方でアベックの女性の頭が上下動しているのなんてのも(笑)
ありました。いやあ大人の世界は醜いですね。。。今はすっかりおじさんですが(爆)

あとヒドイのはトラ(エキストラという)で日曜日にも無休の店のバンドが休むために一日だけ
入るのがありましたが、これはキャバレーとかホストクラブとかとんでもないものばかりでした。

エレベータにのるとボク扱いされ、お客の女性はホストにエレベータの中でキスをし、ヨガリ声を出していて
もうなんちゅう世界だと女性不信になりました。(笑)これは今でも変わっていません(うそ)

普段のクラブのお姉さんの出勤の挨拶も、おはようございま〜すとオチンチンをギュッと握られるところから
一日の仕事が始まるのです。(爆爆)




このころスタッフが出てきてリチャードティーのあのエレピ(Rhodes)もスゴかったけど
スティーブガッドのあのドラミングは凄かったです。このときほどパラディドル(一つ打ちと
二つ打ちの組み合わせ)を練習したときはなかったです。特にソロのフレーズが最初は
判らずヒーヒーいいましたがこれもパラディドルの変形と判ったときは目ウロでした。(笑)



カシオペアの神保さんも同級生ですが、そのドラミングを聞いたときは、これはチンチン握られて
喜んでる場合じゃないぞと真剣にアセりました。(汗)

そうは言っても悲しいかな学生ドラマーは職業ドラマーと違ってまだお気楽なモノでした。





流石に一応プロなんでチャレンジャーはないだろ〜という話になって、前のバンスが終わった頃
次のバンスをしてRogersのBig-Rの4点セットを買いました。これが届けられる夜は
トップページにも書きましたが、チンチンを握る女じゃなくて、もう少し淑女?の女性から
お誘いがあったのですが、ドラムの方が嬉しくて夜は硬いステージの上で一緒に寝ました。

その後その女性からは一切お誘いはありまへんでした(涙)
やっぱり行っとけば良かった〜(後悔・涙)



四国の某○○は猫であるのと温泉で有名な○山に一ヶ月ビータに行ったときは最高に
楽しかったです。ここは一ヶ月替わりで東京からディスコバンドが来るのですが、必ず一ヶ月で
帰るので後腐れがないと毎月来るバンドマンを食ってしまう猛者が多数いらっしゃいました。

特に近所のスナックのママさんは毎月ドラマーを食ってしまうことで有名な女性だったらしく、私にも
初日に電話がかかってきました。ただ私はそんな事情も知らずに、しかも年上の見ず知らずの女性なので
新手のキャッチかと勘違いし(その頃はオクテだったので(笑))もったいないことに断ってしまいました。

後で聞いたところによるとバンドのボーカルが食われたそうです(笑)結構ヘンタイだったそうな(爆)


休みは温泉つかったり、旅行に行ったり、ディスコでしたので熟女よりは若い子とも
出会いがあり(○越デパートにはお世話になりましたっ!)とっても楽しかったッス。

あまりに楽しかったので、その後にもう一度遊びに行きましたがその時はみんな冷たかったッス。
要は後腐れなく遊びたいのね。。。みんな。。。割り切ってるのね(寂)




もうひとつ傑作なのは、山の上にお城の形をしたラブホがあり、灯台のようにスゴい光が回っているのです。
ディスコで仲良くなったオバサマたちが連れてってあげるとタクシーに乗り込むと、なっなんと勝手に
二人ずつに割り振られて部屋に通されお風呂に入ってきなさいなどといわれても。。。。

自分のオフクロと同じ年のような女性はさすがに。。。。ごめんなさいと言ってみんなで一部屋に
集まり、宴会をやって帰りました(爆)そのオバサマたちはその近辺でも有名なお金持ちだった
そうです。もしコトがコトだったら何か買ってもらえたそうですが。流石にそれダケは〜。。。
それじゃホストですよね(爆)そんないいモノ持ってないって?(超爆)

なんか不謹慎な方向に行ってしまいました。(スミマセン)





結構このころは真剣にディスコビートを研究していてノリが判ったと思えた頃でした。これが82年でしょ。
この10年近く前にカーペンターズとそのバックはこの裏ビートをやっていたのですから。。。(唖然)

この頃が音楽的にも一番吸収していた時期だったかもしれません。(懐)
怖いものなしでした。とてもとても楽しい思い出でした。チャンチャン!


第一回目終わり2005年1月20日

管理人サトカズより