北京の夜

皆様、ご無沙汰しております。ドラムおじさんのサトカズです。さてさて今回もいろいろ書きますよ。。。


私たちは後輩の33歳の青年?の社長の要請で出資し資本金2,500万円で2006年6月に会社を設立しました。ここと中国の合弁で北京に
創作日本料理屋をオープンすべくいろいろと動いてまいりました。しかしながらなかなか中国は思い通りにコトが進まずまあ難航して
いますがなんとか3月にオープンのメドが立ちました。それで実際のビジネスのことは後で書きますので今回は珍道中記を書くことに
します。どうか読んでくださいね。。。




日本でここ数年中国が話題になっていますが私は6年前に行った時はまだまだ北京と言えどもそんなに都会という感じではなく
ホコリっぽい元気はあるがまあ普通の田舎都市だなぁという感じがありました。

しかし今回行ってビックリしました。現地の人に言わせるといろいろと整備されて沢山のお店ができたのはここ2年くらいだそうです。
でも高速は整備され空港もきたるべき2008年のオリンピックに備えて滑走路の反対側にものすごいターミナルビルを建設中でした。
ものすごいエネルギーです。圧倒されます。人々もみんな情熱的です。さすが大陸は違う。。。

さて今回の創作日本料理屋、炭火屋は北京の一番中心街の朝陽区にありしかもそこのメインの建国門というところに作って
おります。ここは外人や(我々も外人ですが(笑)日本人が多く住みまあ東京の赤坂という感じです。

余談ですが昨年の10月に友人が大連に日本向けのオフショア開発の会社を作りました。そこでどうしても遊びに来いというのです。
そしてまた”大連は中国で一番美人がいるぞ”というのでホイホイと私は土日で行きましたが正直”な〜んだ”という感じでした。
確かに大連は中国の中で一番モデルを輩出しているところらしいです。しかし今回北京に行ってハッキリとわかりました。

大連は東北で北京や上海は東京。。。そう。美人さんはみんな東京に来ているのでした。。。(爆)
PanasonicのVIERAも日本では○雪がやっていますがこちらでは中国女優のもっと美人の女性がモデルでした。

着いた夜に初めて行ったKARAOKE(真面目な)は案内してくれた娘は抜群の美人(大連出身)でもうノックアウトされました(笑)

勿論そのレナちゃんとは2回目に熱い約束をして帰ったのでした(って自分だけ勝手に思い込んでいたりして)

さてさてお店は150席でテーマは創作日本料理屋、刺身も鍋、てんぷら等日本高級食も出しますが勿論とんこつや醤油ラーメンも
ありますです。私はラーメンにはうるさいです。(笑)
でBGMはどうしようかといいますとこれはJAZZで統一しようと言うことになりました。10時-16時がランチタイム、16時-22時がデイナー
タイム、そして22時-朝4時がBARタイムです。そこにCDだけではなくBARタイムだけ生ピの弾き語りと自動伴奏を入れようということに
なりました。さてさて器材は。。。       現地でヤマハを買うとメチャ高いのです。仕方がないので日本でオークションで落とした
クラビノーバをハンドキャリ-で私が運びました。。。10kgオマケしてもらって輸送賃は2万円でした。62kgで通常は15kgしか許されて
いないのです。


工事は厨房がまだできていなく衛生局の認可が下りておらずまあまあ遅れていてでも中国ではこんなものらしいです。

しかし右の写真にあるようにヒーヒー言って中国の税関でも7,8人係りが出てきてもいやこれは個人で弾くだけだからと押し切って
持ち込んだエレピもごらんのように売ったプロの日本の会社が足とペダル類を梱包し忘れていたので日本人も人のことは言えません。
電話で確認して北京まで航空便で送れと言おうと思いましたがまあ優しい私のこと、自宅まで送ってもらって(当然送り賃は向こう持ち)
次回にまたハンドキャリーします。日本も手抜きや偽装工事するもんねぇ。。。


まあそれでも戻るまでの5日間で大幅に進んだのにはビックリしました。流石中国!恐るべし。。。。上の右はたった1日で厨房のタイルを
張ってしまいました(驚)厨房も全責任者のチンさんによると真剣にやれば5日で出来るそうです。。。



さて今回はお店の話の前にもっと面白いことが最後にあったので書きますね(ここまでひっぱるなっちゅ〜ねん!)

私は30日の午後便に乗るために早めに空港に着きました。その日は雪が降っていたのでした。何か悪い予感がしていました。
着くと出発未定になっていました。雪で空港を閉鎖しており閉鎖が解けた現時点でも機材が(日本からの前の便)が到着しておらず
、まったくメドがたたないとの事でした。参ったな〜と思いながらも天災にはどうしようもなくしばらくしていたら14:50分が16:40発に
なっていたので安心してビールを飲んでくつろいでいました。16時になりカウンターにいくとキャンセルとのこと。。。おおっ!
長い渡航経験でもこれは初めて。。。多くの日本人が詰め掛けていましたがダメなものは駄目。。。ハイ!

仕方がないなぁ。。。What's going on? What's next?くらいで構えていました。。。。ホテルをご用意して明日の便でお帰りになられます
という現地アシスタントの声。。。何故かカウンターの中には日本人は一人もいなかったなぁ?。。。

でも聞くとホテル代は自腹(後で確認したのですが航空会社の責任は航空会社持ちで今回の天候のような時はお客様持ちだそう
なんです)で送迎バスで送るとの事。。。結構沢山の乗客がいました。

最初のバスは25名乗りで22名のおじいちゃんおばあちゃんの団体がおりあと3名と言われたので迷わず手を上げたのが私を含め
3名。。。。こういう時は経験的に後々ほど時間がかかるのが解っている為。。。。。

ところが着いているハズのバスもおらずずっと待たされっぱなし。。。まあこれが中国か。。。そうこうしているうちに22人のおじいちゃん
おばあちゃんたちは何か空手の型をやっているし。。。聞けば太極拳のサークルで中国と交流に来たたとの事。。。。
で寒いところで長い間待たされていたらその中の女性が中国人の連絡を取り合っている全日空の関係者のところにツカツカと
かけよりました。おおっ!中国語で文句を言うのかと思ったらコートを着ていない若いおにいさんにホッカイロを差し入れたの
でした。日本人は優しいなぁ。。。またこの団体はそういう団体なのでみんなシャッキリして人間性もできているのでしょうね。
ワハハハと皆で平然と笑っていました。こっちは風邪がひどく一刻も早く日本に帰りたいのに。。。。


そうこうしているうちに残りの3人も段々親しくなり着いたホテルではこんなホテルのメシはマズイから3人で酒を飲みましょうと
言うことになりその中の一人の現地のメンバーとその運転手と5人で火鍋料理を食べに行きました。美味しかった。。。本当に。。。


聞くとその一人は日本で誰でも知っているスポーツウェアメーカーの創業者の息子で中国での生産を一手に任されておりもう
20年前からやっているそうです。で最近は中国スキー市場では他を抑えている薫事長でありその部下の副薫事長と運転手なのでした。
もう一方の方も日本の一部上場の繊維会社で天津にある某日本一(世界一)の○ヨタ自動車向けの内装用品の工場を中国で
立ち上げた現地の総経理の方でした。聞けば年が私より1つ上と2つ下の3人組でした。



バイチュウ(白酒だそうな)という56度もあるお酒の雪身酒は大変楽しかったですし、中国の慣習や苦労話をいろいろと
聞けて大変有意義でした。こういう延泊なら大歓迎です。最後は名刺交換してまたおのおの旅立っていきました。
これは為になったし本当に生の苦労話が聞けてとても良かった。。。



という短い北京でしたが私も数え切れないくらい海外に行きましたが今回ほど楽しい旅はありませんでした。

現地のお店の話は次回に書きますね。


また次の日も雪で飛行機機材が到着していないと聞いて青くなりましたがなんとか大晦日の夜に戻ってこれました。
メデタシメデタシ!戻ったら疲れがドッと出ました。

これからガンガン行きまっせ!

01/02/2007

これハンドキャリーしたエレピです。重たかった。。。

これが会社で持っているマンションで富力城という一帯です。名前がいかにもというカンジでしょ(笑)ここをアジトに良い(悪い?)事をしておりまつ。

向こうにかすかに見えるのがオリンピックに備えて建設中の新ターミナルビルみたいです。しかしダダッ広い。。。