四輪駆動車のお部屋(好きな人だけ読んで頂戴ね!)
皆様、こんばんは。GWですね。去年もGWは本当にノンビリできてトピックの更新も筆が進みます(笑)
さてさて今回は随分前にお約束した四輪駆動車(四駆もしくは4X4フォーバイフォー)の事を書きますね。。。
私は乗り物が大好きで今まで自分で買った車は14台になりますがそのうち半分の7台が4X4になります。4WDとも言います。
もともと四駆にそんなに興味があるわけでもなかったのですが気がついたら四駆乗りになっておりました。
最初は1982年でした。中学の同級生がトヨタの営業マンをやっていてソアラやクラウンを売っているところへ写真の
三菱のHJ58ジープ(2000CCガソリン)が下取り車でやってきて、しかしこんなオンボロジープをトヨタがどうするわけでもなく
友人が乗らないか?とハナシを持ってきたのでした。その頃私は千葉の田舎から始発で東京の会社に通っていたので
(この始発がポイントでここで座って寝ていけるかどうかが大きな分かれ道になり次の駅ではもうだめだめという感じでした)
駐車場代もいるハズもなくいいよってなもんで流石にダータは申し訳ないので申し訳程度に5万円を払って晴れて四駆乗りに
なったのでした。メデタシメデタシ!
赤のアコードは新車で隣のジープはその1/40の値段。。でも一度オープンにしたらもう楽しさはもう40倍ってなもんで一度で
病み付きになってしまいました(笑)この頃は4X4Magazineなんてペラペラのペラで世の中4X4?四駆?という時代でした。
この頃のタイヤのメーカーやホイルのメーカーはもう見かけないので淘汰されたのでしょうね。。。フロートトラックとマッドスポーク。。
最近はフルタイム4WDばかりなので言われませんが前輪の真ん中にフリーホイールハブという直径15cmくらいのスイッチがありました。
これはどういうものかと言いますとこの頃はパートタイム4WDで通常は後輪駆動で必要な時にレバーを入れると4輪駆動になるというもの
でした。それで後輪駆動だけの時左前輪と右前輪を繋いでいるシャフトを車輪と一緒に回していると転がり抵抗が増え燃費が悪くなったり
するので車輪とシャフトを繋げたり切り離したりするのがフリーホイールハブでこの頃は四駆で高速走行など無理だったので車を止めて
ハブスイッッチをネジると"さあこれからオフロードを攻めるぜい”という気分が高揚するのが判りました。すみません。長々と書いてしまって。。。楽しくってついつい。。。(笑)一度バックしていて誤って片側田んぼに落ちたことがあります。しかしあわてず騒がずハブスイッチを
オンにして4WD Lowにしたらあらよっと!脱出できました。もう本当に病みつきになりました(笑)
さてさてそれから東京23区に引越しすると流石に駐車場を2台も借りるわけにもいかないので乗用車とオフロードの両方というかいいとこ
取りと思ってパジェロにしました。85年です。でノーマルのパジェロはあまりにショボいのでご覧の通りアフターマーケットであれやこれや
付けてすっかり散財してしまいました(涙)これに乗って関越道を縦積みスキーキャリアで走っていたのは他にはほとんどいませんでした。
まあ何つけているかお分かりの方はお分かりで、そうでない方にいろいろ書いても関係ないですもんねぇ。。。
取り合えず戦車仕様でした。しかしこれはタイアとアルミの重さ(車重)に馬力とブレーキ制動力が付いてきておらず今から思うと良くこんな
危ないものに乗っていたなぁと感心します。(ホント危ないと言うか下品というが)
一回養老渓谷の川で(下の川まで強引に降り行って)仲間とバーベキューをやった時のことです。いい気分になった私は結構深い川の中
をガンガン走り回っていました。調子こいてスイスイやっていたのですが川の曲がり角の水溜りにズボンと入ってしまって(ボンネットの
上まで水がきました)(冷や汗)あわててバックに入れ脱出を図ろうとしましたがエンジンがキューンといって止まってしまいました。
水を吸ってしまったのでした(自業自得)
取り合えずエンジン動かなくなったものの、電動ウィンチが付いていましたので自力で道路へ出る坂の下までは移動しました。
しかしもともと四駆の4XLowに入れなければ上れないような急坂ですのでそれ以上はウィンチではWロープにしても道路の向こう側に
2tの車重を支える固定物を見つけそこで両側を通行止めにして自力でといってもどうせエンジン壊れているので登ってもだからなんなの?
という具合で結局地元のレッカー業者さんに来て引き上げてもらいました。車一台でいったので他の仲間は養老渓谷から電車でとても
恨まれました。(苦笑)
結局はディーゼル車のウオーターハンマーというディーゼル車はスパークプラグがなく中を高圧縮にして火花を飛ばして動くメカニズム
なので水が入ったらとても圧縮できないのでエンジンのピストンのカムを壊し、コンロッドがネジ曲がっていました。シリンダーブロックでは
なくて良かったです。これだったら相当かかったと思われます。
エンジンをオーバーホールです。しかしその頃は会社で一括の団体保険で某○京海上の自動車保険の車両に入っておりました。
確認の為にかかってきた電話で”どういうところでこうなったのですか?”という質問に明るく”はい。養老川の川の中を走ってまして
ウオーターハンマーでこうなりました”と答えましたら相手のコールセンターの女性はしばらく絶句しておりました。傑作でした(笑)
しかし流石天下の富士○ロックス。。。代理店に強くエンジンばらし修理一式35万円全て保険で下りて事なきを得ました。。。
いやぁ危なかった。。。85年の頃です。(爆)
しかしこれでオフロードの走行会に行っても個人ではあまり走れず亀の子状態になったジープやジムニーなどをウインチで引き上げる
マーシャルカーになってしまったので写真右の三菱JJ58(2000CCガソリン)をもう一台買ったのでした。
これはモンローのガチガチショックとTRDのスポンジなしのフルバケだったのでもう腰の負担はスゴいものでした(驚き)
まだ80年代でしたのでホイチョイの私をスキーに連れてっての前くらいで私も年間15回くらい行った最後のスキーの時です。
スキー場に着いた朝から何か腰の中がひっかり感があるなぁと思って1日終わったらついに来てしまいました。
椎間板ヘルニアになってしまったのでした(涙、後悔、無念、残念、人生真っ暗)
次の日からしばらく起き上がれず寝込んだ日が続きそれから6ヶ月は左足がずーっと痺れたままでした。電車で立って通うのも辛かった
ですね。。。
今思えばその年のお正月に初詣に行ってお守りと破魔矢を買って帰った家の玄関先で幼稚園だった長女とふざけっこして相撲を取って
いたら持っていた破魔矢が真ん中からポッキリと折れてしまいました。。。不吉な予感はしましたがそんな事を忘れていた
3月末の事でした。。。ああああぁぁぁぁ。。。神様は大事にしなくちゃ。。。後の祭りです。。。ていうかスキーのやりすぎです。(自爆)
これから何年間スキーと四駆を止めたのでしょうか。。。
どうせできないついでにスキーの写真でも載せますね。これは高校の時に初めて滑ったスキーで74年の上越国際でした。ここは広く
てしかしその当時曲がる技術のない私はどこでも直カリで滑ってました(爆)人間恐怖心がないとスゴいものです。後ろに見える
山小屋食堂は今は上越国際のヨーロッパ調のグリーンピア?という安普請ではありますが毎夜カップルがXXXXを繰り広げるホテルが
どどーんと建っている場所なのでした。実は食堂白樺なのでした。。。(爆)これも定点観測でいいでしょ?恐るべし白樺食堂。。。
このころはまだワイヤーで引っ張ったビンディングにゴムのブーツ板も細身でまるでテレマークのようです。(爆)
しかし人間良い時はそう長くは続かないものです(シミジミ)。。。もとい間違い。。。悪い時も長く続かないのです。(安堵)
それでも四駆止めてトーラスにして4年くらいは乗っていたでしょうか。。。
さあこれから大好きなアメリカンSUVのチェロキー君達の出番ですが夜が更けてきて明日はまた性懲りもなくオークションで買った
チェロキーを名古屋まで朝一で引き取りに行かなくてはならないのでもう寝ます。。。(女房は激怒しましたって当たり前ですよね。
もうほんとに懲りない性格。。。
続きはまた明晩。。。
さてさて明晩が2週間先になってしまいました。スミマセン。
上の一番左の写真は94年に買ったクライスラー・チェロキーラレードの91年車です。写真が見つからなかったので
一年に一回作っている家族写真の年賀状から取りました。見せびらかしがいやなので後にも先にも年賀状に乗り物を
載せたのはこれが最初で最後です。それだけ嬉しかったのです。
チェロキーは今でこそ超有名ですが実はこれは83年の生まれでそのころは2ドアのチェロキーチーフと呼んでいました。
何かの雑誌に日本の作家が(名前は失念)赤のチーフに乗っていたのが掲載されていてとえもカッコ良かったです。
その最低地上高の高さといい天井の低さといい要はとてもスタイリッシュでした。室内は狭いのですが。。。
80年代ですよ。。。日本はパジェロやランクルなどのずんぐりむっくりした中、流石SUVの先進国アメリカでした。。。
80年代はチェロキー欲しい欲しい病にかかっていましたがその頃これで500万以上していたのです(涙)
並行輸入業者も超強気の価格設定でした。中古でも買えずやっと買ったのが94年でした。しかし嬉しかったなぁ。。。
納車された次の日に家族みんなで東北道で那須まで遊びに行きました。ここで事件が。。。
行きはよいよい帰りは怖いの言葉通り、帰りの東北道で走っていたら途中で地面にボトッという何か落ちた音がしました。
しかし元来ノー天気で楽天的な私はあまり気にしないで走っていたらそのうちエンジンがウイーンと言って鳴き始め
アッと見たら水温計が振れてしまっていて100km以上で走っていた私はハンドルを切ろうにも重くまたブレーキも
効かずの状態になってしまいました。取り合えずハザードを出してギアでスピードを落としほうほうの体で料金所の
外に出ました。岩槻です。結局このころのアメ車のおきまりのウオーターポンプが壊れて外れて下に落ち、それを
複雑に巻いて回っていたファンベルトもズタズタに切れラジエーター液が回らずオーバーヒート寸前になりこういう事態に
なったのでした(涙)その時に車を捨てて岩槻から西船橋までのタクシー代4万円なりと岩槻のホンダへ入れて修理した
修理代全部を中古車屋に支払ってもらいました。チェロキー大好きな私は不思議と怒る気持ちもなく機械的に販売店
とやりとりをしましたが相手方は恐縮していました。多分利益はこの一件で吹っ飛んだと思います。
しかしこれが首都高でカーブの所だったらと思うとぞっとします。これ以来家族はチェロキー=低品質=壊れる=危ない=乗らない
という図式が出来上がってしまいました(笑)この後も同じ東北道でラジエーター液が噴出すし(笑)
この時に素晴らしかったのはホンダ岩槻の対応の良さです。流石顧客満足度No1のホンダ。。。修理もどこがどうで
こうなるのでこうしました。という説明責任(Accountability)がきちんとされておりとても気持ちが良くこれが日本企業の
パワーなんだなぁと本当に感心感謝した次第です。次はホンダ車って思ましたが残念なことに右ハンドルの国産の新車は
まったく興味がないのでありました。。。いかしV車のディーラーはここも見習ってほしいものです。これは別に書きますね。。。
この頃にホンダがクライスラーと提携を結びチェロキーを販売するのですがただ販売チャネルが広がったとか顧客
サービスが良かったので拡販したというだけでなくホンダの技術が綿密に車作りにフィードバックされていたのです。
例をあげますと初期型はブレーキの効きがかなり悪くこれはマスターバックというブレーキを足からブレーキパッドへ油圧を
増加させる倍力装置で通常はエンジンブレーキのボンネットを開けた反対側に円筒形のものがありますが初期型は
かなり小さく弱いものでした。何度か停止中に踏んでいるのですがDレンジのクリープで前の車にぶつかりそうになり
ハッとした思い出があります。
電装系や室内の風切音対策等々そうとうなフィードバックが入っておりこれだけでも相当C社は学んだハズです。
アメ車は細かいところは良く壊れるのですが走る部分はほとんど壊れません。これは不思議と言うかあの広い人もいない
ところで立ち往生したら命の危険もあるからでしょうか?不思議です。反対にポルシェは走っている時にタイヤがバーストしたり
エンジンが切れたりするのです。(最新型は違うのでしょうが。。。)も〜信じられません。。。
余談ですがヨーロッパ車はほとんどが左ハンドルで(イギリスを除く)最近は日本市場やイギリス、オーストラリア等の
左車線の国向けに右ハンドルを作っていますが、まだまだ設計を完全に右仕様にしているところは少ないです。
ハンドルとメーターは右ですがウインカーとかスイッチ類は左のままだったり。。。アルファなんかもそうですがこのブレーキ
のマスターバックも本国仕様は当然左に付いていますが日本向けはペダルは右、倍力装置は左のままでその間を
パイプで繋いでいるのですがこれは当然ブレーキフィールに遅れが生じ少しダルになっていまいます。
ですのでここはきちんと右に設計し直しているか(マーケットが小さく設計をやり直すと相当コストが高い)そうでなければ
ノーマルの左のままが一番です。ここのところと日本は右ハンドルなのでみんな右右に寄っているので逆に左ハンドル
の方が高速でもかなり先の前を見通せて安全です。ここが左ハンドル好きな理由です。最近は高速道路はETCがあるし。。
しかしビルの駐車場の発券装置と清算装置は両側に付けて欲しいッス。。。タイムズ24のタワーはそうなっていますが。。。
話を元に戻しますね。。。チェロキーはホンダが入り品質とアフターサービスとそして何よりPricingを初めとしたマーケティング
戦略で大ヒットします。しかしここは外資のお決まりのパターンで上陸(Launch)する時は日本のディーラーを使い、上手く
行きだすと自分達の実力と勘違いし自分達だけでやろうとします。C社も何を勘違いしたかこんなにお世話になったホンダを
切ってしまいます。その後の凋落ぶりは明白でしょう。またデザインも変です。最近のチェロキーとかグラチェロは顔つきが同じになり
何が楽しくてこんなのに高いお金を出さなくてはならないの?って思ってしまいます。しかも走っているのを1台も見たことがありません。唯一見るのがPTクルーザーです。でもこれって乗ってる自分は変人だよって言ってそうでって私も変人ですが。。。(爆)
ただ私はここで決してNegativeに非難をしているのではなく好きだったからこそ苦言を呈しているのです。これは車に限らずITでも
一緒です。F通などの品質改善を見習わなかったばかりに凋落した某太陽の会社とか。。。(昔大好きで働いておりましたが)。。。
何か独り言のようになってしまいましたね。。。
流石に98年に浜名湖までチェロキーで旅行に行った時は高速でもうこの車は危ないだろうと思い、98年にグランドチェロキー
に乗り換えました。勿論中古です。これは一時期気に入っていまして220馬力をコンピュータと吸気、排気チューンして280馬力まで
上げていました(外資のバブルが弾ける頃まで)が今はエコではないので(5200ccのガソリンタレ流し)売りました。同時期に
持っていたラングラーも面白かったのですがこれでスピード違反をして免許が無くなってこれも仕方がなく売りました。
とここまで来てまた今回チェロキーに戻るのですが流石に疲れたので続きはまた明日以降。。。
それとこの車とは別のV車でメーター改ざんにあってしまったのでした。も〜大変。。。
チェロキーはこんな感じに改造してみました。パーツはすべてヤフオクで揃えたので安いです。
またメーター改ざん車は売主と話が付き買ったときの値段で引き取ってもらうことになりました。
これで安心安心。。。。
それではまたまた。。。